オーガスチンのまなざし 神のおとずれ 2020.2月号より
「私たちは、どうしたらいいのですか?」
地方の教会を巡回していて、時々聞く質問です。
「昔は、たくさんの人たちが教会の礼拝に来ていた。それが最近、礼拝の出席は少なくなるし、若い人もいない。定住の牧師さんもいなくなって、この先、どうなるかわからない。『私たちは、どうしたらいいのですか』」という質問です。
一生懸命、礼拝を守り、教会の運営に力を注いでいてくださっている方々です。
そういう時に、私は「すぐに効く特効薬はないのですが、一つお伺いをしたいのは、あなたは、クリスチャンとして生きていて、喜びに満たされていますか。その喜びがなければ、どんな素晴らしい方法や計画があっても、それを実行する力にはならないのではないでしょうか。」と答えます。
聖書には、そうした力、喜びに満ちてイエス様を伝えた人たちのことが、たくさん語られています。
「使徒アンデレ」
ヨハネ伝一章に兄弟のペトロをイエス様の所に導いたアンデレのお話があります。
最初アンデレは、バプテスマのヨハネの弟子でしたが、ヨハネから「見よ、神の小羊だ」と紹介されたイエス様に出会います。
そして「どこに泊まっておられるのですか」と問い、イエス様から「来なさい。そうすれば分かる」と招かれ、「その日は、イエスのもとに泊まった」といいます。
そして次の日、兄弟のペトロに出会って、「わたしたちはメシアに出会った」と言い、彼をイエス様の弟子へと導きます。
アンデレは、イエス様の伝道者になったんですね。
大切なことは、「イエス様と一緒に「泊まる」ことです。
同じヨハネ伝では、この言葉は、「つながる」とも訳される言葉で、十五章では、イエス様がぶどうの木、そのイエス様に「つながって」いれば、その人は「豊かに実を結ぶ」と教えられています。
まず、私がイエス様とつながって、豊かに喜びの実を結ぶことが大切に思います。イエス様とつながること、語り合うこと。毎日聖書を読み、私が喜んでいることが大切と思います。
(神戸教区主教)