アンデレ便り10月号:パイプオルガンがやってきた

 9月11日(水)は運良く晴天、この日に、待望のパイプオルガンの機材が大聖堂に搬入される予定です。頭を悩ます問題が一つあります。船は、6日の金曜日に無事神戸港に到着し、9日(月)から税関の荷物検査が実施されるのですが、初めての輸入品は必ず開封することになっており、その際、検査が長引き、予定が遅れる場合があるから覚悟していなさいと、荷役代理店がいうのです。これを聞いて思い出しました。
  阪神・淡路大震災の後、神戸聖ヨハネ教会が新築された際、椅子の作製をイギリスの家具屋に発注しました。しかし、神戸港に到着した椅子は税関で全部開けられ、予定より2日間延びてしまい、教会は、その間の延滞料を取られるはめに陥ったのです。
  もしも同じ事態が生じた場合、延滞料に加え、労働力確保に問題が生じます。オルガン製作のマンダー社との契約によると、到着まではマンダー社の責任、その後、重量に換算すれば、5トン前後となる機材を2時間以内に聖堂に搬入しなければならないことになっています。「予定通り、荷物が着きますように」と祈るばかりだったのです。
  大東主事は、搬入ボランティアに参加するよう、数週間前からメールで何度も呼びかけました。しかし、どれだけの人数が確保できるか、皆目見当がつかないということだったのです。
  午前9時、何事もなかったように、コンテナを牽引した大型トラックが無事に大聖堂階段前に横付けされました。この時間にあわせて、地下鉄や車で、ぞろぞろと人が集まってきました。その数約30名。若者が大半を占めております。参加者の一人が言いました。「100年に一度の一大イベントを見逃すと悔いが残るでしょう。」 おっしゃる通り。年月の経過と共に大聖堂は朽ち果てますが、パイプオルガンは、管理さえしっかりすれば、それ以上の寿命を保つことができるのです。
  いよいよ、コンテナの扉が開けられました。中に入ったオルガン組立責任者の、ドイツ人のミヒャエル・コールマンさんが叫びました。「ミカエルのパイプオルガンの荷物じゃない!」「ホントですか?!」 一瞬頭が真っ白になりました。側にいた、英国からやってきた職人が皮肉たっぷりに、「ドイツ人のつまらないジョークですよ。」
  午前9時から約30分間、作業を眺めましたが、午前10時からの学校評価委員会のため、失礼して、松蔭中学・高等学校に行きました。しかし、会議室には誰もおりません。事務所職員がかけつけ、「今日の会議は午前11時ですよ。」とおっしゃいます。手帳をよく見ますと、確かに11時と記されています。最近よくあることです。おかげで、1時間40分で完了した搬入作業の記念撮影に参加できませんでした。残念無念!!

平和の器として

 9月2日、世界各国の多くの聖公会では、「パプアニューギニア殉教者の日」と定め、祈り が献げられておりますが、なぜ、この日が制定されたのでしょうか。1942(昭和17)年、日本軍はパプアニューギニアを占領しましたが、終戦までに、333名のキリスト者を殺戮したからです。殉教者のなかには、ロンドンミッションの宣教師など8名の聖職も含まれます。ニューブリテンの教会で聖餐式を司式していたバーナード・ムーア司祭は、礼拝堂に踏み込んだ日本兵の銃弾に斃れましたが、ロンドンのウエストミンスター・アベイの正面外壁に、同司祭の殉教を記念して像が彫り込まれております。
  同じキリスト者が敵味方に分かれて闘ったのが、第二次世界大戦でした。戦争を正当化してやまなかった各国の大義名分のもとでは、同じ信仰をもつ者の絆や力がいかに無力であったかの事実を、まざまざと見せつけたのが、この戦争であったのです。
  戦後、この反省から、超教派(エキュメニカル)運動が盛んになりましたが、その一つにテゼ共同体があります。戦争によって分裂し、疲弊した世界で、せめてキリスト者だけでも、目に見える形で和解して、プロテスタントとカトリックの兄弟・姉妹がともに生きることを願い、教派から独立した修道会として、1949年に正式に発足しました。
  神戸バイブル・ハウスは、関西地域に住む人たちが聖書を読み、聖書に親しんで貰うために、様々なかたちで運動を実施し、10年目を迎えました。カトリックからプロテスタントまで、それぞれの教派の持ち味を活かし、特定の教派を絶対視することなく、他教派の信仰の在り方を尊重するなかで、教会の垣根を超えて参集した人たちの努力と奉仕の力が発揮されたからこそ、今日まで継続したといえるのが、エキュメニカル運動としての神戸バイブル・ハウスです。
  このように、ミナト神戸にあって、神戸バイブル・ハウスは、ささやかながらも、キリスト者による平和実現に貢献する使命を担っているといえます。
                (神戸バイブル・ハウス・ニュースレター10月号巻頭言)

東アジア聖公会会議、神戸で開催 

    9月18日(水)~20日(金)、神戸教区会館を会場にして、東アジア聖公会協議会常任委員会と、東アジア聖公会8管区の青年担当者で構成する、青年会議(ユース・フォーラム) 実行委員会が開かれ、日本からは管区青年委員会委員長の小林聡司祭(京都教区)と畑野のぞみさん(大阪教区)が参加しました。2日目午後の合同会議では、青年会議の概要が発表されましたが、協議会議長のポール・クオン香港聖公会大主教や他の主教たちからは、「最終的に、常任委員会に計画立案を委ねようとする姿勢ではだめ。会議終了までに、自分たち自身の手で青年会議の詳細を決定しなさい。そのために神戸にやってきたのでしょう。」 実行委員たちの顔は真っ青になりました。この夜、元町の松屋で親睦夕食会が催されましたが、その後も、委員会が継続され、翌朝、聖公会宣教5指標を基にした、立派なプログラムが完成しました。2016年、マレーシアで開催される青年会議には、日本聖公会各教区から一人、青年代表(18才から30才まで)の参加が求められています。