オーガスチンのまなざし 神のおとずれ 2021年7月号より

「コロナ禍の中で」

森一弘司教という方をご存じでしょうか。ローマ・カトリック教会の司教様で、沢山の本を出されています。

今回『「今を生きる」そのために』というご本を読ませていただきました。その本のプロローグの中で、今回のコロナ禍にあって「一人ひとりが、不安の中で、真摯に自分自身と向き合い、それぞれが、何があっても押しつぶされない、確かなものを見出していかなければならないのではないか」と問われています。

内容は豊かで、無関心というウイルスに感染している日本人は、どの国よりも孤独の中に生きている、という指摘は心に残りました。

そして、「エピローグ/コロナ禍の今を生きるために」の中で、イエス様の荒野の誘惑の物語を引用され「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる(マタイ四の三、四)」を示し、「悪魔の誘惑を受けたキリストは、生きていくためにはパンという食物が必要なことは認めながら、しかし、パンなど物質的なものだけでは人は満たされず、それを求めた人生だけでは、人の生涯は空虚なままに終わってしまう。人を真に満たし、慰め、生きる輝きを与えてくれるのは、神とのつながりであると答えたのです」と司教様は語られています。

また、「感染予防のために、不要不急の外出自粛をもたらした今日の状況は、私たちが自ら望み求めたものではありませんが、ある意味で、私たちから一切を奪い、私たちを現代の『荒野』に置いた。私はそう思っています。しかし、置かれた場所が荒野であるからこそ、私たちは今、真摯に自分に向き合い、考えることができ、自分にとって何がもっとも大切なのかと振り返り、自分なりの価値観や人生観に気づいていけるのです」と語っておられます。

みなさんは、このコロナ禍の中で、そこからの解放だけを願うのではなく、何が自にとって本当は大切なものなのかを考えるチャンスととらえてみられたらと思います。そのことを静かに考えてみましょう。

(神戸教区主教)