全能の神よ、み子イエス・キリストは、小さい者のために行うことはわたしのために行うことになる、と教えられました。
すべての人の僕となり、わたしたちのために命を捨て、死なれたみ子のように、
わたしたちにも隣り人の僕となる心をお与えください。
父と聖霊とともに一体であって世々に生き支配しておられる
主イエス・キリストによってお願いいたします。
アーメン
イザヤ書第59章9節から
それゆえ、正義はわたしたちを遠く離れ 恵みの業はわたしたちに追いつかない。
わたしたちは光を望んだが、見よ、闇に閉ざされ 輝きを望んだが、暗黒の中を歩いている。
盲人のように壁を手探りし 目をもたない人のように手探りする。
真昼にも夕暮れ時のようにつまずき 死人のように暗闇に包まれる。
わたしたちは皆、熊のようにうなり 鳩のような声を立てる。
正義を望んだが、それはなかった。
救いを望んだが、わたしたちを遠く去った。
御前に、わたしたちの背きの罪は重く わたしたち自身の罪が不利な証言をする。
背きの罪はわたしたちと共にあり わたしたちは自分の咎を知っている。
主に対して偽り背き わたしたちの神から離れ去り 虐げと裏切りを謀り 偽りの言葉を心に抱き、また、つぶやく。
こうして、正義は退き、恵みの業は遠くに立つ。
まことは広場でよろめき 正しいことは通ることもできない。
まことは失われ、悪を避ける者も奪い去られる。
主は正義の行われていないことを見られた。 それは主の御目に悪と映った。
主は人ひとりいないのを見 執り成す人がいないのを驚かれた。
主の救いは主の御腕により 主を支えるのは主の恵みの御業。
主は恵みの御業を鎧としてまとい 救いを兜としてかぶり、報復を衣としてまとい 熱情を上着として身を包まれた。
主は人の業に従って報い 刃向かう者の仇に憤りを表し 敵に報い、島々に報いを返される。
西では主の御名を畏れ 東では主の栄光を畏れる。
主は激しい流れのように臨み 主の霊がその上を吹く。
1, 主よ、あなたはいつまでわたしをお忘れになるのですか‖ とこしえにみ顔を隠されるのですか
2, いつまでわたしは悩み苦しみ、心に痛手を受け‖ いつまで敵は勝ち誇るのですか
3, わたしの神、主よ、顧みてわたしにこたえ‖ 死の眠りに就かないように、目に光を与えてください
4, 「勝利はわたしのもの」と敵に言わせず‖ わたしが倒れて敵が喜ばないようにしてください
5, あなたの慈しみに寄り頼み‖ わたしは心からあなたの救いを喜ぶ
6, 主をたたえて歌おう‖ 神は豊かに恵みを注がれた
ヘブライ人への手紙 第5章12節から
実際、あなたがたは今ではもう教師となっているはずなのに、再びだれかに神の言葉の初歩を教えてもらわねばならず、
また、固い食物の代わりに、乳を必要とする始末だからです。
乳を飲んでいる者はだれでも、幼子ですから、義の言葉を理解できません。
固い食物は、善悪を見分ける感覚を経験によって訓練された、一人前の大人のためのものです。
だからわたしたちは、キリストの教えの初歩を離れて、成熟を目指して進みましょう。
しかし、愛する人たち、こんなふうに話してはいても、わたしたちはあなたがたについて、もっと良いこと、救いにかかわることがあると確信しています。
神は不義な方ではないので、あなたがたの働きや、あなたがたが聖なる者たちに以前も今も仕えることによって、神の名のために示したあの愛をお忘れになるようなことはありません。
わたしたちは、あなたがたおのおのが最後まで希望を持ち続けるために、同じ熱心さを示してもらいたいと思います。
あなたがたが怠け者とならず、信仰と忍耐とによって、約束されたものを受け継ぐ人たちを見倣う者となってほしいのです。
マルコによる福音書 第10章46節から
一行はエリコの町に着いた。
イエスが弟子たちや大勢の群衆と一緒に、エリコを出て行こうとされたとき、ティマイの子で、バルティマイという盲人の物乞いが道端に座っていた。
ナザレのイエスだと聞くと、叫んで、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と言い始めた。
多くの人々が叱りつけて黙らせようとしたが、彼はますます、「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫び続けた。
イエスは立ち止まって、「あの男を呼んで来なさい」と言われた。
人々は盲人を呼んで言った。
「安心しなさい。立ちなさい。お呼びだ。」
盲人は上着を脱ぎ捨て、躍り上がってイエスのところに来た。
イエスは、「何をしてほしいのか」と言われた。盲人は、「先生、目が見えるようになりたいのです」と言った。
そこで、イエスは言われた。
「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」
盲人は、すぐ見えるようになり、なお道を進まれるイエスに従った。